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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2022年9月16日

68歳を目前に思うこと

 今日は少し風も吹いて、日中の強い日差しはあるものの少しばかり小さな秋を感じることが出来た。
そんな時、昔の職場の同僚が倒れて、入院して重篤な状態だとの報があった。私より3歳も年下だが、どうやら脳出血倒れたとか。

先月には同じく元職場の70歳過ぎの先輩が、脳腫瘍で入院手術して、闘病生活を続けているとの連絡があった。
顔面神経の近くの部位にある腫瘍だし、切除後も少しばかり後遺症が残り、長期のリハビリが必要だとか。

いつも元気にウォーキングしたり、歴史小説を好んで色んな本を定年後はじっくり読んでいた様子だったけれど。
健康年齢は、厚生労働省より3年毎に公表されているようだが、2021年での男性の健康年齢は72.68歳で、女性は75.38歳だとか。

そんななか、「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」と言う中国の言葉に出会った。
毎年毎年、花は変わることなく咲く。人の世の変わりやすいのに比べ、自然は変わらないことのたとえ。
確かに、花は年ごとに変わることなく咲くが、人の境遇は年ごとに変化していくということを改めて自分の事として思った。

病に罹ることばかりに怖れるよりも残されているこの先の時間(?)を少しでも後悔なきよう生きることを模索する時にもう既に来ているとはっきりと思うこの頃である。

 

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2022年9月 4日

かつての関心を一つに繋げたe-book

 北陸富山は、ある時から何故か私の脳裏にずっと引っ掛かっていた。
今、その理由を考えると、それは退職後の北海道の旅途中、飛行機の小窓から眺める能登半島とその付け根付近に広がる富山平野との不思議さと
驚きからだ。それまでの飛行ルートは専ら太平洋側ばかりものばかりだった。

飛行機の小窓から見下ろす眺めは、海辺とその周辺ばかりに注目していたが、北陸では広範囲に見渡していた。日本海側にも広い都市があるという発見だった。そして、いつかは一度は列車の旅で、訪れてみたいと念願していた。

そして、その願いはコロナ禍前に金沢市までは実現したが、その先の富山市への旅は頓挫していた。早春の立山連峰の画像にはずっと心惹かれるものがあった。富山の屏風絵の残雪の残る立山連峰をいつかは、この目で見てみたいと願っていた。

そんななかで、これまたずっと私の心に引っかかっていた宮本輝の『田園発 港行き自転車』という本を紹介しているブログに遭遇した。
いつも訪れている読書家のブログを読んでみると、今日こそは読んでみようと決心した。

ただ、文庫本の小さな文字を読むのが、最近とみに視力落ち感じて苦痛なので、何か良い方法はないかと思ってたところ電子書籍をダウロードして、拡大表紙して読めば楽だと思いついた。それまでは本は矢張り紙媒体で読みたいというこだわりも、不思議に一瞬にして消え去った。

大きな画面で読みやすい文字サイズで早速読んでみると何とストレスフリーなことかと小躍りした。おまけに私の積年の興味の立山黒部の地形の描写もあることが解った。これなら中断していた新たな読書スタイルで開始できると思った。

やはり、歳を重ねても文明の利器をフル活用して、地図ソフトと並行して富山を詳しく調べてみることが出来たことが、今日の収穫だった。
老化しても愉しみが倍化しているではないかという思いが募ってきた。

 

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2022年8月17日

今は亡き義母の思い出

 コロナ禍のなか先月下旬と今月初旬に二人の娘達に一男一女が無事に生まれた。妻は、連日孫サポートに東奔西走の日々である。
そんな中で思い出すのは、昨年96歳で亡くなった義母のことがふと頭をよぎった。

転勤族だった私には九州各県で4人の子供生まれた。長男は実家で生まれたもの次男や二人の娘達は転勤先の福岡県で生まれた。
その度毎に義母は、遠くから宿舎にやってきては、妻のサポートを何週間も忍耐強くしていた。今思えば、慣れない所で、私には伺い知れない心労も蓄積していたのでは思っている。

また、孫も少し成長したけれど、ある年の冬に流行したインフルエンザで家族全員がダウンした折にも遠路やってきては世話してくれた思い出もある。そして、10日後の帰宅の際には、明らかな疲労蓄積がみてとれ、やれやれという感じが見て取れた記憶もある。

聞くところによると関東大震災の翌年生まれの義母は6人兄弟の長女。幼い頃から妹弟達の子守りしたり、小学校卒業の頃からは、貧しい家計を
助けるために子守の仕事もしていたとか。そして、結婚後も三人の子育てに明け暮れていたようだ。

そんな義母は寡黙な性格ではあったが、一度だけテレビに出てた若い娘さんに向かって、辛辣に一言を放った。当時の私は少しばかり驚いたが、却って義母の一面の人間味も感じ、親近感を感じた思いもあった。娘の妻には辛抱強く接してはいたが、優しく厳しい一面もみせていた。

今にして思えば、義母にはこれまで色々とお世話になったけれどちゃんと感謝の言葉も伝えていないのが夜中に気になり、遂には眠れなくなり目覚めた2022年のお盆明けの早朝である。

 

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2022年8月 8日

まだ終わらぬコロナ禍とウクライナ侵略

 立秋を過ぎて思うことは、コロナ感染再拡大とウクライナ侵略どちらもまだ終息の気配さえも見せてはいないこと。
一方は自然災害的だが、一向に収束も見通せてはいない。また、一方は権力者の暴走なのだが、国連とりわけ安保理も欧州諸国連合も真に有効な手立てを講じられてはいない。チャーチル英首相の安保理の機能不全は予見されたとおりになったのである。

ごまめの集団的である人類は、今後どう対処していけばいいのだろうか。すでにもう色々と動いているけれども実効性が伴わないだけの話だとも思うけれども。各国の努力と人類の願いは、わずかではあっても継続的になされてはいるのに明確な効果が出でいないのが、まさにごまめの歯ぎしりと言うものだろう。

それでも私には、この峠は越えたと信じたい。長い低迷期からは脱出して、僅かな光がさして来ていると信じたい。
そして、これからもその努力を続けていくことが必要だと思っている。
色々な苦難を抱える2022年の夏真っ盛りのなかで、そう思った。

 

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2022年7月11日

私の熟慮の一票

 安倍元総理の銃撃後の参議院選挙が終わった。今回の選挙の争点は、今後のさらなる物価高対策、そして外交安全保障と防衛整備が主たるものだと言われている。私はそれに加えて、全世代型の社会保障対策だと思っている。

しかし、今は各党は目先の物価高対策のばかりで、社会保障問題、選挙後に明確次第にに出てくるものだと推察している。
何故なら、消費税を除いて、選挙前に社会保障での国民負担増は少しでも提示されたためしはない。

それでも目前の物価高対策と外交防衛対策での各党首のテレビ討論を聞いても、私には納得できる政党は限られている。
与党はそれなりの責任を果たそうとしているようだが、投票前だから具体策は明示されておらず、大まかな方針だけを述べている。

最大野党は、批判ばかりに終始しているから聞くに堪えない。辛うじて中道の二つグループが、地方での政策実績と「対決よりも解決」と言って是々非々論で、対処するとの意思表明だったから私には信任みようと考えてみた。

また政党政治という枠組みでは比例区は意外と早く投票判断はできた。しかし、選挙区選挙は、これまでも色々と悩んではきたのだが、今回の選挙は、たまたま候補者が当選二回目という人だからこれもまた意外と迷わずに、決心できてスッキリとした気分での投票となった。

そして、選挙結果は、かなり多くの人々と同様なものとなっていることに少しばかり驚いた。あまりズレは少ないのだと思えた。
しかし、これからが正に本番であり、夏の概算要求と年末の予算編成結果をもないと何とも言えない。まだまだ国会の動向を注視していく必要があると思えたのである。

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2022年6月29日

我が家系が気になる歳になって

 人生も終盤に差し掛かる頃になると、どうも人はご先祖様のことが気になるものらしい。
かく言う私も、そう いう年になったということか、某NHKテレビのファミリーヒストリーを観て、ふと私の遠い先祖は、何処から来たのか知りたくなった 。

ご先祖様から連なる家系図は、調べて作るとなると手がかりとしては、まず戸籍だと言われている。
取得可能で最も古い戸籍は、明治19年作成ものであるから、江戸時代後期の1830年の天保(遠山の金さん)や、゛幕末嘉永(ペリー来航1853年)かそれ以前の1804年文化・文政の頃まで位の約200年前迄は、かなり8割程度は解るものらしい。なお、由緒ある家系では、室町時代頃からの系図は伝わってはいるものだが。

そして、私の戸籍にも嘉永生まれのご先祖様が確認できました。しかし、それ以前について、全く判らない。
全く不明ではあるが、我が祖先についての関係文献、老母に聞き取りしたりした明治末頃に生まれの遠縁の先人がいたと最近なって知って驚いた。
実家から少し離れた場所の菩提寺の過去帳や八幡神社伝記なども老母にも見せてもらい、先祖のことを聞いていたようだ。

過去帳からは、寛政6年(1794年)亡というご先祖様が確認された。これは1700年頃には寺請制度があったことに符号し、精度は高い文書だと
思われた。【注】寺請制度は江戸幕府によって発せられた制度で、民衆は全てお寺の檀家になることを義務付け、「寺請証文」と呼ばれる身分証のようなものを保有しなければいけないという内容のもの。

 さらに、それ以前の事については、伝聞証拠とはなるものの近くの八幡神社の社録中に豊後の国の大友氏の系統というのがあった。
それによれば、應永(1394-1428)の頃に馬ヶ岳城の攻略の時に従軍して福岡県東南部やって来て、落城後に現在の京都郡内に居住したとのこと。その後、二度ほど移住して、江戸時代には紺屋(染物屋)を営んでいたという話が残っていることが解った。

 以上の調査でも一部しか解らず、老年のためその後の調査も十分には出来ずに、不十分で誤りがあるやも知れないとは思いつつ、その調査を後世の同志の人に託して、昭和中期頃に亡くなった先人の家系調査書の写しが、何故か今、私の手元にあるのは、ただ不思議な因縁としか言わざるを得ない。先人の期待する「同志の士」とは未だ足りえていない我が身である。

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2022年6月17日

あれれ、何だか可笑しいぞ??

 仕事に出かける時に乗り込む我が愛車が、最近どうも可笑しい。
車に乗り込み、エンジンスタートするといつも、ちゃんと月日と曜日でいつもの機械音声でご挨拶してくれていた。

ところが、今日は6月17日なのに、「11月17日金曜日、お早うございます。今日も・・・」と声がした。
少し慌てて、私は車に乗り込んだのだが、確か10月17日と聞こえた。日付け曜日は正確なのに10月?もう秋かいな? 少し私は可笑しいなあと思った。念のため、妻にも確認したところ変だねえと同意見だった。

愛車は、定年退職後に6年中古車を35万円で求めたもので、平成19年9月が初年度登録、すでに御年14年超えである。  まさに主と同じ世代の定年過ぎのもう完全にシニア世代車である。
その証拠に昨年から自動車税は、CO2優良車でもなくなり増額されているではないか。今年も増加の自動車税を先月支払ったばかりだ。かつてのエコカーでも、ガソリン車であるから今ではもう害車?である。

その異常音声の症状が出始めたのは、まさにその矢先のことであった。先月末には、確か「10月〇〇日△曜日・・・」と発していた。その時は、急いでいたせいもあり、あまり気にも留めなかったが、流石に今日ばかりは深刻に受け止めざる得なかった。

ご多分にもれず、我が愛車には、車庫と言うものがない。屋根も囲いもないがゆえに、長年風雨に晒され、夏には高温、冬には寒冷風にずっと耐えて来た。それ故に、電子基板等にも確実に劣化している証かもと思った。

さて、今後は如何にするか悩むところではある。「ご主様はまだ数年はパート労働する予定のようだから、何とかお役に立てるようにリフレッシュして文字通り最後のご奉公をしようと思っている。」
と言うように私には、愛車のからの有難いい声が微かに聞こえて来たのである。

と言うことで、次の愛車点検日にいつもの親切なディーラーで点検整備することにしようと思っている。 「きちんと手入れして、一日も早く何とか御期待に沿うようになりたい。」とまた愛車の真剣な声が聞こえて来た。 さて、私はディーラーさんは何とおっしゃるだろうかと少しばかり不安には思う日々ではある。

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2022年6月 3日

梅雨入り目前の「カエル・コンサート」

 私の住まいの周辺は、私鉄沿線で住宅地がかなり密集している所だが、それでも田んぼがほんの一部だけ、今でも 残っている。
例年、新緑の季節も過ぎて、6月初旬の梅雨入り前の頃の夜半過ぎからは、蛙の大合唱が聞こえてくる。

私は深夜の目覚めの時に、この大合唱団のコンサートを聴くと不思議と心落ち着く心境ににるのである。
と言うのも私の郷里である九州の実家の周辺は、三方を水田に囲まれており、少年の頃から蛙の大合唱を聞いていたからだ。

それゆえ、70歳をまじかに控えた身になって聴く「カエル・コンサート」は、毎年、故郷忘れ難しの念が湧いてくる きっかけとなっている。
深夜、二度目の目覚めでベットの上で聞くカエル合唱をじっくり聴くことは騒音ではなく、むしろ癒しの メロディーなのである。

いまだ変わらずその鳴き声を聞けば、故郷の記憶が鮮明に蘇り、脳裏には、はるかその昔の田園風景が次から次へと 展開してくるのである。
そして、ファーブルさん宜しく、蛙の鳴き声で一体全体何を伝えあっているのだろうかと推察したりして、 聞き入っているとついにはもう寝付けなくなってしまった。

そうして遂にはベットから起き出して、このブログを書くことにしたのである。 時は既にもうほんのりとした朝焼けの頃になって、ベランダからその少しばかり光る水田を改めて眺めている。

私にとって、この時期のカエルコンサートは、もう完全に季節の風物詩となってしまったいる。
願わくば、来年もこの小さな水田が、宅地化されずに残り、貴重なコンサート会場として残って欲しいと心密かに切に願っている 明け方である。

 

Kaeru

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2022年5月28日

阿武町誤送金の回収過程での驚きと波紋

 先月来より山口県阿武町のコロナ給付金支給での多額の誤送金の回収過程で、実に様々なことが報道されている。
まず私が素朴に驚いたことは、容疑者が町に「国民健康保険税」を滞納しているという報道だった。

健康保険制度だから、一般的には「国民健康保険料」だとばかり私はずっと思っていたので、最初は誤報だと思っていた。 しかし、その後、各社とも税という表記だったので、これは変だと思って、ネット調べてみたら、少し私の思い違いだった。

国民健康保険制度に要する費用の徴収方式として国民健康保険法第76条で、保険料方式を定めており、保険税方式は例外であるとのこと。しかし、実態としては、大半の地方公共団体で保険税方式を採用しているという。

何故かと言えば、保険税方式を採用した方が、徴収権の時効が長くなることや滞納処分の優先順位が高くなる等の理由からとのことだった。
ただし,保険税方式を採用している自治体であっても、納税者向けの納付書類では「保険料」と称していることがあると知った。それでは大方の人は気付かないはずだ。

そうして、そのことで町側は、国税徴収法と地方税法という強力な武器を駆使しながらの回収作業に着手し、結果的には誤振込金の約9割ほどの金額が法的に確保される結果となったのである。やはり税金の回収には強い権限があるものだと納得もした。さらに、凄腕の代理弁護士は、マネーロンダリング(資金洗浄)を規制する犯罪収益移転防止法も活用したようだ。

今後は捜査当局やら金融庁や総務省が、この件での防止対応策が、これまで以上に推進されるだろうとは推察される。
さらにまた、スマホ端末の広範な普及の時代でのネットカジノへの対応策も金融や取り締まり当局をさらにつき動かし、法改正も含めた広範な対応策が着実に実施されることを強く望むばかりである。

 

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2022年4月20日

ウクライナの歴史を調べてみて

連日、テレビ報道でロシアのウクライナ侵攻の残虐な映像が流されている。一日も早く非人道的な戦争は止めて もらいたいと願うばかりではある。そして、ロシアの言う歴史感に疑問を感じている私は、ウクライナやベラルーシとのロシア連邦の 遥か以前からこれまでの歴史を調べてみたくなった。

ウクライナの首都であるキエフは、ウクライナ語ではカーブである。ここに9世紀後半から13世紀半ばまでにキエフ 公国と言う大国があったという。東スラブ民族の国家である。東スラヴ人、バルト人およびフィンランド人までもをも含み、ヴァリャーグ (スラブ語でバイキング)の王子リューリクによって創設されたリューリク朝の治世下で複数の公国が緩やかに連合していたという。

ベラルーシ、ロシア、ウクライナの現代国家はいずれもキエフ大公国を文化的祖先とし、ベラルーシとロシアは それに由来する名称であるとか。 そうした中世の歴史的なつながりのあった諸国が、その後の東西冷戦を経て、信じられないような幾多の変化を辿っての現在である。 そうしてそれは、今ではロシアの一独裁者の勝手な歴史観で武力にという強力で歪められてしまっているとしか私には思えないのである。

過去の緩やかな連合公国が、現在では武力による現状変更と制圧がまかり通る状況は目を覆いたくなる惨状である。 宗教的にもロシア正教会ももウクライナ正教会と対立、分裂してしまい、プーチンのウクライナ侵攻を支持しているとか、全くもって理解 不能のロシア正教会であるとか思えない。

ロシア研究の専門家のコメントを聞いても、容易に将来の見通しは立たず、多くの人々は無力感に苛まれるのが現状である。 また、EU諸国も国連も完全にその無力状態を露わになって、未だに今後の改革の動きも少しも見られない。

全くもって情けない限りである。それが世界190ヶ国の現実なのだと思い知らされた。


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