春の兆し観えた伊豆の旅
穏やかな新年明けて、世間では初仕事スタートした頃に伊豆半島旅行に招待された。以前から一度は訪ねてみたい所ではあった。
伊豆半島と言えば、2000万年程前にはフィリピンプレートの上に位置し、約100万年程前には北に移動し本州に衝突した珍しい場所だとは、以前ブラタモリか何かで初めて知っていたが。衝突により海底火山が陸地化して、約20万年には天城山などの大型火山が出来た所だから、特に半島東部には温泉宿が多数あった。その半島の中ほど山の中腹にある大川のリゾートホテルに一泊した。
屋上展望風呂からは伊豆半島東の海原が見えるが、当日は生憎の曇り空だった。それでも雲間からのわずかな光で輝く大海原が遠くに見渡せた。晴れた日ならば、はっきりと群青の海原を眺められるであろうことを想像して湯に浸かった。
そしてふと、かつて2年間単身赴任した熊本天草を思い出した。山の上から不知火海が見下ろせる場所にある日帰り温泉には何度も出かけた。そして、タラソセラピー(海洋療法)ということを初めて知った。海の恵みで心身を治療すること・健康増進をはかることで、語源は、ギリシャ語のthalasso(海)とフランス語のtherapie(治療)から来ている。確かに二度目の単身赴任の心身をリフレッシュさせてもらった。
また、ホテルの庭にある桜の木にはこの時期にもう少し膨らんだつぼみを見つけて驚いた。そう言えば、この近くの「河津桜まつり」が二月初旬からもう開催されるから土地柄だからと納得した
翌日は、伊豆半島の中央道ルートを北上して焼津港へと向かうことにした。まずは河津七滝、火山のマグマが冷えて柱状節理の岩場のある大小の滝は、綺麗な水の色にも圧倒された。また、石川さゆりの名曲「天城越え」で有名な浄蓮の滝は、25m程の大きな滝だった。道の駅のすぐ近くあり、滝つぼから水流であの立派なワサビ田もあった。
さらに、近くに川端康成の伊豆の踊子の像を見ていて思いだされたのは、今ほど交通機関の発達していない時代の天城山の峠越えはもう大変なことが解った、行きかう人々には、アウトローの人達や人生に疲れた人や旅芸人など多種多様だったんだと。それでも温泉で心癒していたんだろう。時代を経て今も昔も人間の営みは、大して変わらないのではと思ったりもした旅だった。
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