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2021年11月21日

「一日一生」の真の意味が解かった思い

 例年、大相撲九州場所が始まる頃になると秋の日暮れが、何と早いことかと驚かされる。
そして、だからまた一日が早く過ぎ去ると強く感じる季節でもある。

毎日いつもと同じ生活リズムが淡々と続き、夜寝床に就き、ふっと思ったことは、一日一生とはこういうことなのかと、67歳の年にして その重みと真意が解かったと思えたのである。一日はあっと言う間に過ぎ去る。しかし、二度とない貴重な一日であるということ。

40代過ぎの頃の私には、この言葉の意味は一応理解はしていたのだが、その重みがやはり希薄だったと思っていたが。 人生の残り時間を考えることの多くなったこの年にしてやっと、私には腑に落ちたのである。

まあ、何事によらず、年を重ねないと判らないことが多いと思うこともしばしばあるものではあるが。
人は60歳も過ぎれば、大半の事は、解っていると勘違いするのものだとも思った。

何歳になっても解らないことも多い筈なのにである。単調な生活の中で、人は皆、日々初体験を重ねているのに気付いてないだけかも知れないものだ。過去の知識感覚が、必ずしも全て絶対的であるとは思ってはいけないと自覚しておかないといけない。

また日々新たな気持ちで、貴重な一日だと思って、ことに向かうべしだとも改めて思い直した晩秋である。

 

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