半渋柿と学生ノートの思い出
秋も次第に深まり、天気も安定しコロナも落ち着いて来た頃に、亡き父の17回忌の法事のために、妻とともに故郷の福岡に帰省した。
私の生まれた家は、私とほぼ同時期に建てられたから、もう還暦を遥かに過ぎている。その後、何度かの増改修を繰り返して、今もなお健在である。
近くにある池を少し見下ろす山辺に立つご先祖様の墓参りをした。ここでも「墓じまい」という現象があったらしく空地となっていると近所のひとが教えてくれた。しばし時の経過を感じざる得なかった。そして実家に戻って、久方ぶりに仏壇に手を合わせた。
そして、思いがけなく見つけたものは、二階のかつての私の勉強部屋の押し入れにポツンと一つだけ残っていた小さな本立て30数冊の高校時代のノートだった。しばし手に取って広げてみた時にふと蘇った来た懐かしくも一途な日々が思い返された。
忘れかけてた若き学生時代に大学受験にこんなにも心血を注いでいた僅か数年が、あったんだと改めて思い返された。それは不思議に苦痛を伴う日々ではなかった。というのも親友でもあるライバルとの学生生活だったからだ。高校入学後すぐに、母を肝臓病で亡くした直後だから、その空虚感を払拭するために一心に勉強に傾注したのだろうと今も思っている。いずれにしても私の高校時代は思い出がそこにあった。
さらに当時のこの時期をふと思い返せば、庭の柿の実を何個も食べて、秋の恵みを感じてたようにも思った。我が家の柿の実は、表面の一部が、やや渋いのが実によってはある。熟しかけた深い柿色を見定めて、甘い柿を食べた思いも蘇ってきた。
いずれにしても、あれから40数年の時を経ても、故郷の景色と半渋の甘い柿であっても、またしても私をリフレッシュさせて、元気を注入してくれたのである。有難きかな我が故郷と我が青春という思いの晩秋の一日だった。
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