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2020年3月 7日

100年前の大正初期のパンデミック「スペイン風邪」を調べてみたら

 新型コロナウィルスの感染拡大が国内でも止まらない。
さらに世界中に拡散されている状況である。パンデミックとは感染大流行であるが、時代とともに知らぬ間にその感染スピードは格段に速まっている。

過去のパンデミックの歴史を調べてみると、約100年前の1918年(大正7年)から1920年(大正9年)の約二年間にかけてウィルスによるパンデミックが発生し、当時の世界人口約16億人の約3割の5億人以上が感染し、2千万人から4.5千万人(5千万人超という説も?)が死亡した「スペイン風邪」というのがあったようだ。

俗に「スペイン風邪」という言葉はこれまで何度か耳にはしているのだが、実は発生地はスペインではない。アメリカのカンザス州なのである。
それも陸軍基地の兵営からだとされている。驚きである。

では何故、アメリカで発生したのに「スペイン風邪」という名前かと言えば、当時、第一次世界大戦中で、スペインは欧州の中でも数少ない中立国であり、戦時報道管制の外にあったからだ。そのため新型ウイルスの感染と惨状が、戦時報道管制から自由なスペイン電として世界に発信されたからだと言われている。

 そして、アメリカ軍は欧州に軍艦等を派遣し、軍隊が駐屯する都市や田舎から、民間人を通して世界に拡散していったようだ。
 日本には、1918年当時日本が統治中であった台湾に巡業した力士団のうち3人の力士が肺炎等によって死亡したのが契機であったようだ。

その後、横須賀軍港に停泊中の軍艦に患者が発生して、横須賀市内から横浜市へと広がり、最終的に当時の日本国内の総人口約5600万人のうち、0.8%強にあたる45万人が死亡している。当時、日本の報道での「スペイン風邪」の俗称は「流行性感冒」ということであった。

当時の政府や自治体の対応は、基本的には無策であったようだ。
何故かと言えば、当時の医者や研究者もこの風邪の病原体は細菌だと認識していて、ウィルスという存在自体の事実は全く知らなかったからである。

H1N1型ウィルスであることが、解明できたのは1930年代に電子顕微鏡が発明されてから5年後で、さらに10年後にやっとウィルス分離に成功しているのである。

当時、被害甚大の神戸で各学校は全面休校となっているし、デマも流行っていたようだ。
約100年前は船舶で広がり、現在は飛行機等で広がっているから拡散のスピードは脅威的なスピードである。今回の新型コロナウイルス終息には2年もかからず数か月だと思いたいが、現時点では全く予測もつかない。 医学的進歩もあるのだが、今もって特効薬やワクチンも開発されてない点が非常に残念であり、今後早急に創薬して欲しいと切に願うばかりある。

 

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